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兵庫県内の社会貢献企業を紹介

多様な活動資源とノウハウを持つ「企業」の社会貢献活動を促進し、「ひょうごの地域づくり活動」の輪を一層広げていくため、県内企業による社会貢献活動の実践事例や県の支援・促進施策をご紹介します。

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地域ぐるみで次世代に伝える日本の農業と食文化『田んぼの学校』『畑の学校』

西播磨

企業名 有限会社夢前夢工房
代表者名 代表取締役社長 衣笠 愛之
設立 1999年12月20日
資本金 300万円
社員数 32名(研修生含む)
所在地 兵庫県姫路市夢前町宮置909-1
主な事業活動 米、大豆、蕎麦、野菜、イチゴの栽培及び販売、レストラン、直売所
ホームページ 有限会社夢前夢工房のホームページ
掲載日 平成20年3月31日
(更新日:平成29年2月2日)

今回は、インフォミーム株式会社 代表取締役社長 和崎宏さんからのご紹介で、有限会社夢前夢工房 代表取締役社長 衣笠愛之さんにお話を伺いました。

どのようなきっかけで「農薬を使わなくてもよい農法」の開発・実践に取り組まれるようになったのですか。

20年程前の夏に、それまで当たり前のようにやってきた農薬散布で農薬中毒になり、高熱と激しい嘔吐に見舞われ、農薬の恐ろしさを身をもって知りました。生まれて半年の娘がいたこともあり、この子に安全・安心な米を食べさせてやりたいという思いが強くなりました。

もともと自分から進んで農業の道に進んだわけでもなく、この事件までは、勤めの傍ら父親に言われるままに農作業をしていたのですが、無農薬農業に挑戦するようになってからは、田んぼや畑に出る回数が増え、ぐっと農業が面白くなってきた。

農区長さんには、「無農薬なんて無理」「虫がわいたら他の田んぼに迷惑がかかる」など反対され、実際、週に一度は田んぼの中まで入って監視されていました(笑)。

従来の農法から無農薬農法への転換、兼業農家から専業農家への転換の過程は、スムーズだったのですか。

衣笠氏へのインタビュー風景

1年目は、田んぼや畑に農薬が残留していたのか意外とうまくいき、量は少なくても収穫があったことに、農区長さんもびっくりされていました。2・3年目は害虫と雑草にやられましたが、4年目でようやく給料が出せるようになりました。

農業に全力を注ぎたかったから、平成6年には、勤めを辞め専業農家になる決意をしました。収穫が安定していたわけではなかったし、娘も幼稚園くらいでこれからお金がかかる時期だったのですが、私の住む地域では、高齢化と後継者不足が進んでいて、「誰もやらないなら自分が」という強い思いがありました。嫁さんに相談したときは「ふうん」とだけ。

結局、最初の3年間は嫁さんに食べさせて貰ったようなものです。父親にも「金で迷惑はかけないから、田んぼと畑は自分の好きなようにさせてくれ」と頼み込みました。それからは背水の陣ですから、もっと自分の経験値を上げたくて、休みもとらず一心不乱に農業に取り組みました。

平成11年に、「(有)夢前夢工房」を立ち上げたのですが、農業には、ここまでやったら完璧という到達点がないんですね。ずっと勉強しながら改良を重ねていく必要があるんです。

無農薬農業に加え、農業を通じた様々な地域づくり活動に取り組まれていますが、何か転機があったのでしょうか。

子どもをスキーに連れて行ったときに大怪我をし、救急車で運ばれ即手術。一時は危険な状態に陥ったのですが、何とか持ち直したんです。そのときに「生かされている自分」を認識せざるを得ませんでした。

一方、医者からは、元通りに歩けるか分からないと言われていましたが、田んぼと畑は私が復帰しないとどうにもならない。怪我をしたのは2月でしたが、4月には動かない足にギブスをつけて田んぼに出ました。

すっかり荒れていると思っていたところ、私が不在の間、近所のお年寄りが田んぼと畑の世話をしていてくれたんです。高齢化と後継者不在で田んぼができなくなったとはいえ、そうした農家からどんどん田んぼを借り上げ、自分の田んぼを拡げてきました。ある意味、自分がお年寄りの楽しみを取り上げていたんだという思いもありました。

せっかくひろった命だし、何か役に立てたいと考えていたところに、こうした出来事がありました。そこで、地域のお年寄りにお返しがしたくて立ち上げたのが「生きがい農園」なんです。

「生きがい農園」の内容と、どのようにして立ち上げられたのか教えてください。

みんなが集まりやすい便利な場所にある田んぼと畑を利用して、お年寄りと一緒に共同農園を立ち上げました。お年寄りに無理な作業は、私が機械等を使って手伝います。さらに、そこで採れた野菜や米を売るための「青空市場夢」をすぐ横につくりました。

整地をしたりコンテナを買うための初期投資として35万円かかりましたが、開店当日の売り上げが33万円あって、みんなで喜びました。今も無理のない範囲で、火曜日・水曜日・土曜日に営業しています。

お年寄りの生きがいづくりだけではなく、ちゃんと収益を得て事業を自転させていくことも念頭に置き取り組みました。だから長続きするんです。私にとっても、これで地域の皆さんとの接点ができたわけです。

「青空市場夢」のお客さんは、都会の人がわざわざ買いに来るというより、地元住民がメインです。ここらの地域にも、規模の小さな兼業農家や新興住宅地がたくさんあって、みんなが米や野菜を自給できるわけではありませんから。

それに、農作業や買い物を通じて、地域のみんなが集える場をつくりたかったのです。また、せっかくこんな田舎に生まれたのに、米や野菜がどんなふうにできるのかを知らない子どもが意外なほど多いことに気付かされました。

そこで、地域の子どもたちを対象にした、「畑の学校」「田んぼの学校」という農業体験を企画しました。

「畑の学校」と「田んぼの学校」の内容と、どのようにして立ち上げられたのか教えてください。

衣笠氏へのインタビュー風景2

今年で6回目になるのですが、地元の小学校の授業に組み込まれています。

「畑の学校」は、幼稚園から小学校6年生までの子どもを対象に、1年生は大根、6年生はサツマイモというように、毎年種類の違う野菜づくりにチャレンジしてもらいます。卒業する頃には、一通りの野菜づくりができるようになりますよ。

「田んぼの学校」は、2・3・5年生が対象になります。できあがった野菜や米は、子どもたちが持ち帰り家族で食べたり、家庭科の調理実習に使ったり、防災訓練の一環として実施する炊き出しの材料として使うなど大活躍しています。

"農家の収穫を手伝って終わり"というのではなく"どんな種類の野菜や米をつくりたいのか"という企画から子どもたちに考えてもらいます。

私は考える材料を提供したり、子どもたちが考えたことに対して技術的な指導をしたりするだけなんです。収穫が少なくて子どもががっかりしそうだなぁと思っても、こっそり田んぼを修正したりはしませんよ(笑)。「衣笠さん食べて!」と子どもが料理の試作品を持ってきても、まずかったら「まずい」といいます(笑)。

野菜や米をどんなことに使いたいのか考え・自分の手で植え収穫し・みんなで分かち合って食べるまでを、一連のものとして、失敗も含め体験してもらいたいからです。一つだけ、口を酸っぱくして子どもたちに言っているのは、こうした体験も、地域の人たちの協力があってこそだから、何か気持ちを返していこうということ。

そうすると、子どもたちが自分で地域の人たちを招いての収穫祭を企画するわけです。料理を振る舞うだけではなく、自分たちでクイズとか色々な出し物を考えてきますから、おもしろいですよ(笑)。

「畑の学校」と「田んぼの学校」は、どのような方が参画して運営されているのですか。

うちの地域では、子どもたちの様々な活動を応援する「1校区1家族の会」というのをつくっているんです。校区内のみんなが大きな1つの家族という意味なのですが、自治会・婦人会・消防署・学校・市役所・農家等に参画してもらっています。

行政主導でやると、どうしても住民側は「お客さん」状態になりがちですよね。だから自分たちでやる。行政はあくまで参画機関の一つ。

「畑の学校」「畑の学校」も、1年目は私のところで細々とやっていたのが、2年目からは農家の人たちが協力してくれるようになった。3年目にはこの「1校区1家族の会」という推進体制が整いました。

今企画されている「田宴アート」の内容と、どのようにして立ち上げられたのか教えてください。

農作業中にふっと顔を上げると、書写山ロープウェーに乗っている人たちがこちらに手を振っている。ロープウェーからこの田んぼがよく見えるんだなぁと思ったんです。

姫路城が大改修に入り、姫路の大きな観光資源が長期にわたり見られなくなるというタイミングもあり、「田宴アート」を企画しました。8種類の古代米を使い、田んぼをキャンバスに、ロープウェーからしっかり見える大きな絵を描きます。田んぼアートは様々な地域で実施されていますが、規模はおそらく日本一になるのではないかと思います。

運営体制としては、農協、自治会、県立大学、青年会議所、神姫バス、県・市、神戸新聞などを構成員とする実行委員会を立ち上げました。古代米の栽培、ドット表を見ながら稲穂で絵を描く植え替え作業、古代米を使った特産品の開発、ロープウェーやバスの運行、広報・記録、イベントスタッフなどの場面でそれぞれ活躍してもらいます。

このほか、地域の子どもたち、県立大学や獨協大学の学生さん、書写山の圓教寺の住職さんにもご協力いただきますが、今回は、広く運営ボランティアを公募する予定はないんです。

まずは、イベント運営のノウハウづくりと、運営ボランティアに指示ができるコアスタッフを育成する必要があるからです。一部のスタッフだけが走り回っているようでは、とても回らないし続かない。それに、○○さんが欠けたらもうできない、という体制では駄目だと思うんです。

6月20日(金)・21日(土)・22日(日)の3日間にわたり開催するので、ぜひ見に来てください。

また、収穫した古代米をそのまま食べるのもいいけれど、加工すると様々な色の米粉ができる。米粉は、お菓子づくりの材料に適しているし、衣に入れるとかりっとした揚げ物ができる。

そうした観点から、何か特産品ができないかと考えています。その収入をさらに次回の「田宴アート」の運営経費に充てていきたいんです。

様々な地域づくり活動を企画される際に心掛けておられることは何ですか。

子ども・大人・お年寄り等多様な世代や、「1校区1家族の会」のように地域で様々な役割を持った人たちが集まっていろんな話ができること、一人ひとりに活躍の場があることですね。資源を持っている人、技術・知識を持っている人、お金を持っている人、それぞれが持ち寄ってやることです。

消防訓練にしても、消防署が訓練指導をする、子どもたちが炊き出し訓練の米・野菜を提供する、婦人会が調理するなど、みんなが主役。行政主導で、補助金をただぽんと出されても、かえってうまくいかないこともある。

ちなみに、何か企画をするときは、子どもを中心に据えて考えると、大人が一層積極的に参画するようになります。

夢前町には3つの小学校区があるのですが、私たちの置塩小学校区は、最もまとまりがない・活気がないと言われていましたが、今では一番元気がいいと思います。

地域主導で様々な取組をやってきた実績と自信が住民にあるから、市町合併の影響で地域の元気が無くなることはありませんでした。

今後は、どのように活動していこうとお考えですか。

今は、農業も農業を通じた地域づくりも、小学校区内がメインになっているけれど、こうした取組をどんどん県内外に拡げていきたいですね。意欲のある人にはとことん伝授します。

特に、農業の後継者・研究者の育成には力を入れていて、大学生を対象にした短期インターン受け入れと、本格的な農業経営者育成の2本立てでやっています。しっかり学んで貰うため、国や市の支援を受け、事務所敷地内に研修施設を整備しました。

最後に、これから地域づくりをしようとしている企業に対するアドバイスをお願いします。

1つ目に、「自分が何をしたいか」よりも「地域のために何ができるか」という観点から企画すること。

2つ目に、一部のメンバーだけがしゃかりきなってやるのではなく、様々な機関の参画を得て、それぞれに活躍の場がある、運営体制とノウハウづくりが必要です。「一部のメンバーが欠けても活動できる」「息の長い活動ができる」ようになります。

3つ目に、事業収入や協賛を得て、補助金に頼らずに事業を自転させていく工夫が必要。

4つ目は、継続的に活動していくこと。やり続けていれば、地域の人たちが自分の存在・活動に気づき、宣伝してくれたり、応援してくれたりする人も出てくる。

最後に、何かを始めようとすれば、最初は誰でも一人。そこから仲間をつくっていくときに、ただ「うちはこんなことをやっています」とだけ言ってみても「ああ立派なことをされてますね」だけで終わってしまう。

様々な立場の人たちに、「私にもできるかも」「一緒にやりたい」と思ってもらうための「伝える」スキルが必要だし、普段からアンテナを高く上げ、タイミングや出会いを逃さないことも大切だと思います。

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